美学校|アートのレシピ - 講師インタビュー1/6

アートのレシピ~松蔭浩之の現代美術調理法指南〜  松蔭 浩之

講座情報2.gif講師インタビュー1.gif

師インタビュー(講師と修了生による座談会)

 アートのレシピ / 
   松蔭浩之、
   純血四姉妹の四人(2008年度ヨレヨレアートコース[旧アートのレシピ]修了)
   純血四姉妹webサイトhttp://junketu.com/

進行:皆藤将 2010年5月4日美学校にて

1 / 6 ページ


皆藤 ではまず基本的な事からお伺いしていきたいと思います。ヨレヨレアートコース(注:アートのレシピの旧名)はまずヨレヨレという講座名が面白いと思うのですが、なぜヨレヨレアートコースという講座名になったのでしょうか?

松蔭 これ(『彷書月刊』2009年9月号)知ってる?特集「美学校のあれから十年」、これに僕も美学校について4000字書いてるんですよ。僕が美学校に関わるようになった十年前から、ヨレヨレがどういう成りゆきでできたか。それを文章じゃなくて言葉に直して言うと、ヨレヨレは2005年なのね。2005年は昭和40年会のメンバーがちょうど40歳になる年だったんですけど、40年会の40歳ということで「40×40」という名前をつけて、一年間展覧会とかイベントとかネットで連載を始めたりだとか、何でも一年間やろう、みんな忙しいけど昭和40年会というグループ名義で極力やろうと。メンバーが会田誠や小沢剛も含めて七人いたんだけど、七人それぞれ40歳になる誕生日が来るじゃないですか。それでその誕生月、誕生日には、その人名義のイベントをやるとか、そういうプロジェクトをやっていたんです。
ヨレヨレはそれの一環だったんです。それで美学校でも一年間40年会の講座を持とうと。それで、それの名前が「40×40」=「ヨレヨレ」ということでスタートしたんです。その年はすごく学生が集まったんですよ。やっぱり会田くんの人気とか、それ以上に明和電機の土佐正道くんがいたんでその人気もありましたね。定員埋まるぐらい、12人とか来てたかな。その意味では常に学生が少ない風前の灯火の美学校を立て直すという意味でもよかったと思います。
しかし次の年も40年会でやったら学生は激減。どういうわけかは知らないよ。しかも二年目でメンバー全員のモチベーションは落ちてて、土佐正道くんにも後期の授業を担当してもらう約束だったんだけど、来ないどころか連絡も取れなくなって。それで僕がずっとやる事になっちゃったんですよ。たまに会田くんに来てもらったりしてたんだけど、36回のうち30回近くを僕が担当した。学生に嘘をつくのは一番よくないから40年会名義でやるのはやめて、ただヨレヨレという名前がユーモラスというかいい名前だなと思ったのでそれを残して、三年目の2007年度から初めて僕個人名義の松蔭浩之のコースとして「40×40」からカタカナの「ヨレヨレ」に変えた。それがヨレヨレアートコースの名前の簡単ないきさつです。

皆藤 ありがとうございます。今ヨレヨレアートコースでは三田村光土里さんと倉重迅さんもゲスト講師として来ていただいていると思いますが、どういう経緯で美学校に呼ばれたんでしょう?

松蔭 二人ともすごい仲良しでもあるし、ここにも書いているんですけど、「2007年から松蔭浩之個人の講座としてスタート、名前も『ヨレヨレアート』とマイナーチェンジして、ここで一人で務め上げる事の不安とこの学校には女性の講師が少ないということが問題であると思い、旧知の三田村光土里に基本の月末講師として参加してもらった。」と。

皆藤 では2007年からお二人がヨレヨレに?

松蔭 倉重くんは2008年から。映像を使ってアートをやるっていうのは必須になってきてると思うのね。例えば若い世代はニコニコ動画を使ったりだとか、初出しの作品をYouTubeでぶつけてみたりだとかね。いまUstreamの時代でもあるでしょ。だから映像とコンピュータとネットワーキングっていうのをカリキュラムの中に入れないといけないし、いつまでもアナログ、ローテクにこだわる必要も無いかなと。僕もできる限りではやってるんですけど、専門ではないんで。その時に倉重自身がやりたいと三田村さんに言ってきたみたいで、彼は映像強いしね。試しにやってみなよと。そうすると彼も居心地がいいみたいで、誰が言い出したか知らないけど今年度から独立して講座を持つことになったよね(笑)。それで話が飛ぶけどキリ(桐川)が希望してるんだって?

桐川 そうなんですよね~

松蔭 若い男が好きなの?(笑)

藤崎 ダメ男が好きなんです(笑)。若い男じゃなくて。

松蔭 なるほどね(笑)。やっぱり倉重くんはアーティストらしいよね。ダメ男のかなり代表格だから。

桐川 ダメ男は好きですけど...

小澤 でも厳しいんですよね。

藤崎 すごいストレートに言ってくれるので。

松蔭 それで意外と保守的なんだよね。やっぱり育ちがいいというか。坊っちゃんだから。暴れたりする割にはコンサバなんだよね。だからそういう三人のトライアングルで、援助を二人に求めたというよりは、36回僕だけだと行き詰まる時もあるし、僕も海外に行ったりだとか展覧会の準備で忙しくなる時も毎年必ずあったんでね。そういう時のウルトラセブンのカプセル怪獣というか(笑)。そういう点では三田村さんと倉重くんとのトライアングルは、僕の中では受講生たちにとって絶妙なパワーバランスじゃないかなと思っています。

皆藤 では実際ヨレヨレアートコースではどのような授業を行っているのでしょうか?

松蔭 毎年ケースバイケースですよ。学生によっても変わってきますし。池袋にある創形美術学校というところでも教えていますけどあっちの経験で思うのが、あっちは専門学校なんだけどこっちは私塾で自由じゃない。自由に耐えられない人が多い年ってあるんだよね。創形美術学校みたいな専門学校だったらカリキュラムをこなすということで授業は成立するけど。何が言いたいかというと美学校は毎年違うわけですよ。個人差というよりもこの学年は暗いなとかこの学年はトロいなとか盛り上がるなとか、一つに束ねることができるんですよ。

皆藤 ちなみにここにいる純血四姉妹がいた時の印象は?

松蔭 これはもうヤバいなと(笑)。

藤崎 ヤバいって何ですか(笑)。

松蔭 だってこの娘たちは自主性がすごかったもんね。最初ヤバいなって思ったのは、主義主張、ファッション見てもわかるんだけどね、自分というのがある程度見えてる人が来て、しかも全員女性だとぶつかるなと思って、そのクッション役をやらされるんだなこの一年は、みたいなね。というのがあったんですけど、回を増すごとにむしろ助けてもらったというか、そういう年でしたね。

皆藤 基本的にはアーティスト志望の人たちが集まってきて、作家活動の根本となるような事を授業で教えていくと?

番号1.png 番号2off.png 番号3off.png 番号4off.png 番号5off.png 番号6off.png 次ページ.png