美学校アーカイブ
■ アリス・モード・ロクスビーさんと嶋田美子さんによる美学校研究など
※ 以下の文章群はアリス・モード・ロクスビーさんと嶋田美子さんのご好意により掲載させていただいております。
※ 著作権はアリス・モード・ロクスビーさんと嶋田美子さん帰属します。無断転載をお断りします。
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現代思潮社・美学校関連略年表(赤-美術 黒―政治 紫―政治と美術の間 青―美学校関連)
- 1945年 敗戦
- 1946年 松沢宥、早大理工学部建築学科卒
- 日本美術会発足
- 1947年 第一回日本アンデパンダン展
- 2/1、マッカーサーによるゼネスト中止命令
- 1948年 アヴァンギャルド芸術研究会 (安部公房、岡本太郎、針生一郎、花田清輝ほか)
- 1949年 第一回読売アンデパンダン展
- 1950年 コミンフォルム、日本共産党平和革命論を批判、日共は所感派と国際派に分裂
- 朝鮮戦争勃発
- 警察予備隊発足
- レッド・パージ始まる
- 埴谷雄高「不条理ゆえに吾信ず」 (Credo,quia absidum)
- 1951年 共産党第四回全国協議会(武装闘争方針を提起)
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- 共産党第5回全国協議会(武装闘争方針を具体化)
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- 1952年 サンフランシスコ講和条約発効、アメリカによる日本占領終わる
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- 桂川寛、尾藤豊、山下菊治ら、文化工作隊に参加(小河内村)
- 血のメーデー
- 破防法可決
- 今泉省彦、岡田陸の紹介で慶応大学生の川仁宏に会う
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- 1953年 第一回ニッポン展(山下菊二、「あけぼの村物語」)
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- 今泉省彦、日大芸術学部2年に復学、3年の中村宏に会う
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- 1954年 谷川雁、詩誌「母音」に「原点が存在する」を発表
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- 美術学生協議会発足(今泉省彦日大準備委員)
- 岡田、川仁が始めた文芸同人誌「形象/批評」に今泉寄稿
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- 1955年 共産党第6回全国協議会(武装闘争自己批判)
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- 砂川闘争始まる
- 松沢宥、フルブライト交換留学生として渡米
- 今泉省彦、「第五回世界平和友好祭(モスクワ)」の祭典準備に参加、展示準備実行委員となる、この関連で小畠広志、中西夏之、高松次郎らとであう.平和友好祭中央実行委員会の民青担当者は山口健二
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- 1956年 経済企画省経済白書「もはや戦後ではない」
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- 砂川闘争強制測量
- ハンガリー動乱
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- 1957年 現代思潮社創設 (社主:石井恭二)
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- 1月、日本トロツキスト連盟結成、12月に日本革命的共産主義者同盟(革共同)に改称
- 松沢宥、アメリカより帰国
- 雑誌「形象」創刊(今泉)
- 谷川雁、上野英信、森崎和枝ら、「サークル村」創刊
- ブント結成
- 中村宏「タブロオ論批判」を「美術批評」55号に発表
- 九州派結成
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- 1958年 サークル村結成(谷川雁、森崎和江、上野英信)
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- 谷川雁『連帯を求めて、孤立を恐れず』(「工作者の死体に萌えるもの」より)
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- 1959年 キューバ革命
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- 皇太子結婚
- 「悪徳の栄え・続」(現代思潮社刊 マルキ・ド・サド、 澁澤龍彦訳)
- 1960年4月、警視庁保安課によってわいせつ文書として押収され、1961年8月、石井と渋沢は起訴された。サド裁判は1969年10月まで9年間にわたって法廷で争われ、埴谷雄高が弁護をつとめた.
- 九州派、針生一郎、谷川雁を迎えた懇談会
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- 1960年 60年安保闘争
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- 6月行動委員会(秋山清、吉本隆明、谷川雁、埴谷雄高、中村宏、山下菊二、桂川寛、石井恭二)
- 「民主主義の神話」(吉本隆明、谷川雁、埴谷雄高、森本和夫、梅本克己、黒田貫一著、現代思潮社)
- 池田内閣、「国民所得倍増計画」決定
- 三井三池炭坑にてストライキ(三池争議)
- 「ネオ・ダダ」結成宣言(赤瀬川原平、風倉匠、荒川修作ら)
- 「グループ音楽」(小松武久、塩見千枝子、刀根康尚ら)結成
- 「ヴァン映画科学研究所」(足立正生、城之内元晴ら)
- 谷川雁ら、大正行動隊結成
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- 1961年 トロツキー「我が生涯」(現代思潮社)
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- 川仁宏、今泉省彦、大正行動隊の支援組織「後方の会」に参加、山口健二に会う
- 「犯罪者同盟」(平岡正明、宮原安春ら)結成
- 「試行」発刊(編集:吉本隆明、谷川雁、村上一郎)「自立の思想」を標榜
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- 1962年 谷川雁、「自立学校」創設呼びかけ
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- 今泉省彦、川仁宏、山口健司ら創設準備委員会参加.9月自立学校開校集会で中西夏之と小杉武久は講師として立候補、その場でハプニングを行っただけで実際に講師とはならず.今泉、川仁、松田政男、平岡正明、
- 山口健二が運営員となるが、今泉、川仁、平岡は10月に早くも辞任)
- 「山手線円環行動」(中西、川仁、高松次郎ら)
- 菊畑茂久馬、南画廊で個展「奴隷系図」
- 第六回参議院議員選挙に黒田貫一立候補.「犯罪者同盟」「反議会主義協議会」(中村宏ら)支援
- 敗戦記念晩餐会(ヨシダヨシエ企画.赤瀬川原平、風倉匠、小杉武久、土方巽、中島由夫ら参加)
- 犯罪者同盟公演「黒くふちどられた薔薇の濡れたくしゃみ」(音楽小杉武久、高松次郎のひものオブジェ、小畠広志「埋葬彫刻」(2階から彫刻を落とす)、中西夏之は講堂の男子小便器内側を赤く塗る)
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- 1963年 「直接行動の兆」山手線円環行動についての対談「形象」8号掲載.
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- この対談後に赤瀬川原平が参加、ハイレッドセンター結成の契機となる
- 第15回読売アンデパンダン展、これが最後の読売アンパンとなる
- 革共同、中核派と革マル派に分裂
- ハイレッドセンター「第5次ミキサー計画」(新宿第一画廊)
- ハイレッドセンター「第6次ミキサー計画」物品贈呈式(内科画廊)
- 犯罪者同盟「赤い風船あるいは牝狼の夜」発行
- 犯罪者同盟「犯罪者のアジテーション」公演、京都大学.中西夏之、谷川雁、山口健二ら参加
- 直接行動者委員会、勤労スト支援闘争参加(松田政男、山口健二および自立学校メンバー)
- dealer Naiqua (内科画廊)川仁宏企画による大正炭坑支援のための展覧会
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- 1964年 東京オリンピック開催
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- ハイレッドセンター「シェルター計画」
- ハイレッドセンター画廊閉鎖イベント「大パノラマ展」
- ハイレッドセンター「ドロッピング・イベント」
- ハイレッドセンター「首都圏清掃整理促進運動」(川仁)
- 自立学校休校
- 菊畑茂久馬、南画廊で個展(ルーレット)
- 犯罪者同盟解散
- 松沢宥、「オブジェを消せ」の声を聞く
- 無政府共産党結成(山口健二、松田政男、笹本雅敬)
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- 1965年 日韓基本条約調印
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- 青年アナキスト連盟結成
- べ平連発足
- 「東京行動戦線」(石井、川仁、山口健二ら)創刊
- 日韓条約デモに参加しようとした東京行動戦線メンバー(松田、笹本)らがアンモニア瓶所持で逮捕
- 赤瀬川原平、1000円札模造容疑で起訴される
- 「1000円札裁判支援委員会」発足、事務局長川仁宏
- 土方巽「バラ色ダンス」中西夏之美術
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- 1966年 1000円札事件裁判 (弁護団 滝口修造、針生一郎、今泉、川仁、中西ら)
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- 日特金事件(笹本雅敬、斉藤和ら実行、川仁、山口、松田らが関係)
- 文化大革命始まる
- 成田空港建設反対闘争(三里塚闘争)始まる
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- 1967年 川仁宏、現代思潮社入社
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- 状況劇場、花園神社で赤テント公演開始
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- 1968年 大学紛争,全共闘運動激化
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- 神田カルチェラタン(神田駿河台界隈バリケード封鎖)
- 佐世保エンタープライズ号寄港阻止闘争
- パリ5月革命
- ベトナム反戦運動拡大
- 国民総生産(GNP)世界第二位に
- 中村宏画集(現代思潮社刊)
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- 1969年 東大安田講堂占拠の学生排除
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- 国際反戦デー
- 石牟礼道子「苦界浄土―わが水俣病」
- 現代思潮社、美学校創立
- 2月 中村宏、中西夏之アトリエ開講
- 4月 図案木村恒久/木刻面打小畠廣志/博物細密画立石鐵臣/模写藤田吉香/透視画矢島秀俊/ペン画山川惣治
- 開講
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- 1970年 大阪万博開催
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- 共産主義社同盟赤軍派よど号ハイジャック事件
- 美学校、千代田区神田神保町に教場を移転
- 加納光於銅版画/岡部徳三シルクスクリーン/木村恒久図案/小畠廣志木刻面打木彫刻/立石鐵臣細密画/中村宏絵画/藤田吉香模写/赤瀬川原平、菊畑茂久馬、松沢宥美術演習
- 1000円札裁判結審、赤瀬川被告有罪
- 11月、三島由紀夫自衛隊市ヶ谷駐屯地にて自決
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- 1971年 岡部徳三シルクスクリーン/木村恒久図工/木彫刻小畠廣志/
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- 立石鐵臣細密画/中村宏絵画/松沢宥最終美術思考/菊畑茂久馬描写研究室
- 連合赤軍事件
- ドルショック
- 成田闘争で警官3名死亡
- 「人間と大地の祭り」ヨシダヨシエ企画 (松沢宥、ゼロ次元ら)
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- 1972年 赤瀬川原平絵・文字/岡部徳三シルクスクリーン/木村恒久図工/小畠廣志木彫刻/
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- 立石鐵臣細密画/中村宏絵画/松沢宥最終美術思考/笠井叡舞踏/中西夏之素描
- あさま山荘事件
- 沖縄日本復帰
- 川仁宏、現代思潮社退社
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- 1973年 オイルショック、高度経済成長期終わる
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- 米軍、ベトナムより撤退
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- 1974年 東アジア反日武装戦線 爆弾闘争
- 1975年 美学校、現代思潮社から独立
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- ベトナム戦争集結
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