美学校研究|美学校

美学校アーカイブ


■ アリス・モード・ロクスビーさんと嶋田美子さんによる美学校研究など

※ 以下の文章群はアリス・モード・ロクスビーさんと嶋田美子さんのご好意により掲載させていただいております。
※ 著作権はアリス・モード・ロクスビーさんと嶋田美子さん帰属します。無断転載をお断りします。
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美学校研究
Alice Maude-Roxby and Yoshiko Shimada


イントロダクション (嶋田美子)

Alice Maude-Roxbyさんと私はブリティッシュカウンシルPMI 2(Prime Minister’s Initiative 2)による京都精華大学とロンドンキングストン大学の文化交流プログラムで2008年に知り合いました.それ以前から彼女は日本の現代美術、特に50−60年代の具体やネオダダのパフォーマンスとその記録を研究していました.日本以外でも60年代のオルタナティブな美術教育の研究で成果を残しています.

昨年同プロジェクトで来日したおり、日本のオルタナティブ美術教育の現場として美学校を案内しました.私は米国の大学卒業後、美学校の故吉田克朗先生の銅版画教室に1年間在籍していたことがあり、また、2002−3年には「ジェンダーと美術」というクラスで教えてもいました.Aliceさんは美学校に非常に興味を持ち、その歴史の概要を現校長の藤川氏から聞き取りしました.美学校は40年の歴史を持ち、歴代の教師は錚々たるアーティストが並んでいます.映画は鈴木清順、舞踏は笠井叡、音楽は小杉武久、演劇は唐十郎、文字、絵は赤瀬川原平、絵画は中村宏、中西夏之、菊畑茂久馬などなど.

しかし、これまで美学校についてほとんど何も研究はなされていませんし、歴史が記録されたこともありません.藤川氏は「関係者が健在で、それぞれその分野で活躍されていること、また、立場や政治性の違いがあり、なかなか美術関係者のなかでバランスの取れた記録ができない」と言っていました.しかし、関係者の中でも創立に関わった人たちは既に70代後半になっています.今記録しておかないと、関係者の証言や歴史のある教室や資料も無くなってしまうかもしれません.ですから、この研究の目的としては第一に美学校の歴史を記録として残しておく緊急の必要性があります.

しかし、美学校の通史の概要を聞いた後は、単にそれらのデータの記録することよりは、むしろ美学校の成り立ちとその思想性に興味を持つようになりました.どのような芸術的、思想的、政治的理念から美学校が創設されたかについては、関わった方々一人一人個別の意見があるでしょう.その中には社会、芸術全体に関わるものもあるでしょうし、各自の作品制作との関わりもあるます.もちろん相反する意見や矛盾もあると思います.この研究は、美学校としての統一的なアイデンティティを探すためのものではありません.むしろその多様な視点や理念、実践を介して、50年代後半から70年代始めにかけて非常な速度で発生し、交錯し、撹拌されていった社会と芸術概念の複雑な重層性とダイナミズムを、美学校創設という一つの「事件」を介して検証し、再構築したいと思っています.

私自身80年代に作家活動をはじめて感じたのですが、80年代のポストモダン言説によって歴史的連続性が断たれ、戦後から70年代の社会と芸術の重層性が極端に単純化され、わかりやすいキャッチフレーズをつけてパッケージ化され、本質論的部分は忘却されてしまった気がします.美学校で行われた社会や芸術に対する真剣な形而上的探索は、現代において(現代だからこそ)有効性/必然性を持つものだと思います.ですからこの研究はノスタルジックに60年代を懐古したり、理想化したり、部分的にサンプリングするものではありません.むしろ、相対化され、極化され、非歴史化された社会と芸術を、現在どう統一的に考えるのかという「自立した思考」の方法論を探るものにしたいと思っています.

また、美学校研究に加えてアリスさんとともに、同時代のグローバルなオルタナティブ美術教育の場として、アイオワ州立大学内インターメディアインスティテュートとコペンハーゲンのエクスペリメント・スクールの研究も行っています.これらを総合して将来ヨーロッパと日本で発表、展示を行っていきたいと思っています.



オルタナティブ美術教育 研究と展示 (企画書アリス・モード・ロクスビー、嶋田訳)

美術教育の危機が叫ばれる現在、既成のアカデミズムに対抗するものとして60年代に生み出された「オルタナティブ」美術教育の成り立ち、哲学、方法論を再検討し、その可能性を考えることは意味があることなのではないだろうか?私たちはアジア、北米、ヨーロッパにおけるこれらの実験を検証し、その結果を出版し、インスタレーションとして展示することを目指している.

私たちの研究対象は東京における美学校(1969−現在)、アイオワ州立大学内インターメディアプログラム(1968−現在)、コペンハーゲンにおけるエクス−スコール(実験学校:1961−76)である.これらの教育施設は、いずれも60年代にそれまでのヨーロッパ伝統的な美術教育に替わるものとしてアーティストや思想家のイニシアティブにより創設され、当時の政治、社会、文化の変革を強く反映している.また、これらは米国や欧州の大都市に比して「周辺」的な場にある.これまでの単元的な美術史ではなく、多元的な美術・社会史を開拓する意味でもこれらで行われた教育を再検証することは重要である.

これら3つの教育施設はそれぞれがその地域性や歴史性を反映した特徴を持っている.アイオワはドイツ人作家であるハンス・ブレーダーによって設立され、彼自身の傾向とニューヨークの友人関係を反映している.フェミニズムを実践する女性作家を多数起用、地域コミュニティの参加、新しいメディアテクノロジーを利用したコミュニケーション重視などが特筆すべき点である.

美学校は創設母体が現代思潮社という政治/思想の出版社だったこともあり、当時の政治状況と非常に密接な関係を持っている.また、日本の近代史を反映して、西欧移入の「美術」や「個人」「表現」そのものを問い直すような作業が行われた.

エクス−スコールはロシア・アヴァンガルドに精通した美術史家、アーティストによって創設され、米国主導の前衛とは一線を画している.元来の「孤立した天才」というアートとアーティストにまつわる神話を否定し、集団的、ジャンル横断的、政治的なアートを目指した.

3つに共通する点を上げると:

  1. 結果としての作品よりも思考、プロセスを重視
  2. 生活/政治と美術を分つ境界を越える
  3. 孤立したものとしての作品だけでなく、それに関わる観客、身体、空間、時間を考慮する.結果、パフォーマティブな要素が重要になる.

展示はこれらの施設で教鞭をとった作家たち(美学校:赤瀬川原平、中西夏之、菊畑茂久馬、松沢宥.アイオワ:ヴィト・アッコンチ、メリーベス・エデルソン、ナムジュン・パイク、生徒としてアンナ・メンディエタ、チャールズ・レイ.エクス−スコール:ペール・キルケビー、ビヨルン・ノルガードなど)のプロジェクトの記録(生徒の作品、フィルム、ビデオ、写真、インタビュー、テキスト)で構成される.

具体的な展示物例をあげると、アイオワにおけるワークショップのためのアーティストプランをワークショップのドキュメンタリービデオと並列し、アーティストの意図とそれに対する生徒(メンディエタ)の応対を作品を通して提示する.また、美学校菊畑茂久馬アトリエで行われた、全生徒の共同制作による山本作兵衛炭坑画油絵模写作品(ちなみに山本作兵衛の全作品は本年ユネスコ世界の記憶遺産に登録された)から、「美術」というものに対する根本的な問い直しを提示する.また、中西夏之アトリエで行われた生徒同士の身体を使ったパフォーマティブなドローィングの練習を再現し、絵画が内包する世界との関係性を考える.

エクス−スコールで数多く作られた印刷物(ポスター、ジャーナル)やフィルムを通して、ユートピア的な平等で民主的な共同制作をとおしてのアート/コミューンの可能性を提示する.

それぞれの教育施設については、アーティスト/研究者が展示をキュレーションする.美学校については嶋田とアリス・モード・ロクスビ−(ファルマス美術大学)、アイオワについてはアリスとコーネリア・シュミット・ブリーク(ベルリン在住アーティスト)、エクス−スコールについてはタニア・オイルムとグンヒルデ・ボルググリーン(ともにコペンハーゲン大学美術史)がそれぞれ協力する.展示会場はロンドン、ベルリン、コペンハーゲン、東京を予定.